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その時は本当に、どうしようかと思ってたんだ。 きっと村からそんなに離れていない場所だったんだろうけど、辺りは暗くなってくるし、道に迷うし。 途方に暮れるっていうのは、ああいうことを言うんだろうな。 だから、その山小屋の明かりが見えた時は本当に救われた気持ちになった。 明かりがついてるってことは、誰かそこにいるってことだもの。 山小屋はもともと、伐採期間中や炭焼きの間に村の男たちが寝泊まりするためのものだけど、その他にも冒険者――いろんな厄介ごとを請け負って生計を立てている流れ者のことだ―や、狩りに入った猟師たちの仮の宿という一面もある。 そういう人たちに助けてもらえれば、と思ったんだ。 でも小屋に駆け寄っていこうと思った時ふと、夕ベの父さんの話を思い出した。 (物騒な世の中だね。峠の向こうに根城がある山賊が、この辺りまで荒らしに来てるらしいぞ) 山小屋にいるのが山賊、いやそれどころかこの辺に巣食ってるゴブリンやインプなんていう怪物だったりしたら……そう考えると恐ろしくなって、足が止まってしまった。 でもこのまま引き下がって逃げたら、また山道を放浪しなくちゃならない。 それよりは「ひょっとしない」ことに賭けるほうがマシじゃないか! 意を決して、ぼくは扉を開けたんだ…… |
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「どーした?ずいぶん遅いションベンじゃね〜かリグ」 言いながら、剣士のレッドが小屋の戸口に目を遣ると、そこにいたのは旅の連れのリグ・ルードではなく、年の頃十かそこらの少年だった。 少年は戸惑いながら、小屋の奥で長大な剣を傍らに置いて本を読んでいる金髪の美丈夫、すなわちレッドを凝視していた。 「リグ……いつの間に三十ぱっかりも若返りやがった?」 「なに間抜けてんだ」 少年の背後から本物のリグが現れて、その農夫のように目灼けたごつごつした手で、状況がつかめていない様子の少年に、入室するよう促した。 「このぼうずがな、戸口のところを行ったり来たりしていたんで、わけを聞いてみたら迷子だとさ」 「迷子ぉ?……ったって、グロザムル山中の峠近い山道だぜ? どこからどこをどう間違ったら、こんなところで迷うんだよ、おい」 レッドが怪訝に思うのも無理は無い。彼らだって、この小屋にたどり着くのにずいぶんと険しい山道を歩いてきたのだ。 「それなんだがな。こっから少しふもとの方に行った所に、山男たちの村があるらしい。こいつはそこのぼうずで……どうしたんだっけ?」 「お祭りの準備で先生たちと一緒に山に入って……はぐれちゃったんだ」 少年の村には知の神ラーダを祀る小さな嗣があって、そこには司祭が一人いて「先生」と呼ばれている。 村の子供の教育を請け負っているからだ。 彼は途中までその「先生」他十数名の友達と一緒に行動していたのだが、昼食時間に見つけた妙な鳥を追っているうちにはぐれてしまったのだという。 「何だ、その妙な鳥ってな?」 リグが聞いた。レッドからもらったパンをかじりながら少年は答えた。 「最初は虫だと思ったんだ。ブーンって音たてて羽ばたいてたし……でも虫にしたら大き過ぎるなって、近寄って見たら、小さな鳥だったんだ。すごーく綺麗な!」 レッドとリグはああ、とうなずいた。 「そりゃハチドリだな」 「ハチドリ?」 「もっと南の、熱帯の森林の中にいる鳥でね。花の蜜を吸うんだぜ」 「へえ……でも、なんでそんな鳥がグロザムルの山の中にいるの?」 少年がそう問うと、二人はそろって沈痛な面持ちで答えた。 「そりゃおめえ……」 「シリィのやつが飛ばしたって意外、考えられねえよな……」 「ハチドリなんて珍しいモン飼ってる奴が他にいりゃ別だが」 そしてそのまま頭を抱えた。少年はまだわけが分からない。 「シリィって誰?」 「オレらの連れの一人だよ。おっと、そうそう。申し遅れたがオレはレッドリード・ローウェイ。レッドって呼んでくれ。見てのとおりの、旅の騎士様だ」 「へえ、すげえ!」 「で、こっちが従者のリグ」 「だれが従者だよ、ヘッポコ騎士が。――俺は世紀の大盗賊リグ・ルード・ライアン。ドレックノールの盗賊ギルドから魔法のオーブを盗んだのも、エレミア宮廷の宝物庫から秘宝を盗み出したのもこの俺様。オランの大賢者マナ・ライ師秘蔵の毛生え薬も、オレが盗んじまったもんだから、みろ、あのとおりだ」 「話半分で聞いとけよ、ぼうず」 「半分も信じてないよ」 「…………」 「と、ともかく」 取り繕うように、白いひげを掻きながらリグが言った。 「俺たちは見てのとおり旅のもんで、他にも仲間がいる。全部で六人。シリィってのはそのうち一人だ」 「魔法使いでね。ハチドリのロミオを『使い魔』にしてるんだ」 「魔法使い!?」 少年は目を輝かせた。 「本物の? 人を蛙にしたりする?」 「蛙は嫌いみたいだな。一応女の子だし。でもフナムシに変えられた奴なら見たことあるけどな」 「フナムシ……?」 山育ちの少年にそんなモノがわかるはずもない。レッドはそれと分かって言っているのだが。 「おまえさんが見たっていうハチドリは、きっとシリィが使い魔で旅程の先行偵察でもやってたんだろう」 「……ま、それが今日の昼ってことは、そろそろバーンたちとは合流できるか。ぼうずの村を捜すのもそれからだな」 少年は不思議に思って訊いた。 「ねえ、レッド」 「なんだ?」 「どうして六人一緒に旅しないの?」 「うーん、そうだな……ま、いろいろ訳ありでね。大人数だと目立っちまうからな」 「目立つとだめなの?」 「そこんとこが訳ありなんだ」 へえ、とうなずいたものの、うまくはぐらかされたようで、少年はいまひとつ釈然としなかった。 「さてと。今日はもうあきらめて寝ろ、ぼうず。毛布ぐらい貸してやる」 リグは少年に向かって大きな旅用の毛布を投げてやった。彼はややよろめきながらそれを受け取って言った。 「……あの」 「どうした?」 「ありがとう」 |