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      「星空」
 
 
 

 どれほど過酷な境遇のうちに育っても、甘美な思い出はどこかにある。
 スキピオ・カミハッドにとってのそれは、ライアン家に預けられていた、少年期の数年間の光景だった。
 彼の母親は、その時すでになく、傭兵だった父は、長引く他国の戦役に従軍して久しく。――スキピオの生涯でもっとも孤独だった。
 と、そういっても過言ではない時期であったはずだが、不思議とそうした負の印象は、彼自身思い返してみても、思い出せないほどに希薄だった。
 ロマール市近郊の森の中に、魔術師ライアンの工房はあった。
 いや、郊外、というのもおこがましい。ロマールの市街地から、徒歩で半日はかかる場所で、街道沿いですらない。当然、人の往来はほとんど無い。
 ただ森のはずれの古代王国の遺跡に訪れる、すこし変わった冒険者たちが、情報収集のためにたまに立ち寄るぐらいだ。
 その「遺跡」と呼ばれる廃墟は、価値のある発掘品はあらかた持ち去られたあとで、そのあとにも、「賢者の学院」の本格的な調査団が何度も入って調査し尽くされている、という代物だった。いってみれば、すこし年代を経たただの空家も同然である。学院はこの遺跡に学術上の正式な名前もつけていなかった。
 だが、ライアン家の当主の考えは違った。
「学院の連中は、古代人の英知をあまく見ておる」
 スキピオは、何度となくこのせりふをライアンの口から聞くことになった。
「あの地上構造物は、ただの入り口に過ぎんのだ」
 かの遺跡には、まだ未踏査の秘密の領域があり、今まで発掘されたものは、すべてそこから遠ざけるためのおとりに過ぎない、というのがライアンの主張だ。
 それで彼は、こんなところに居を構えている。
 ただそれだけの理由で、こんなへんぴな場所に住居を構える人物の性格たるや、推して知るべし、であろう。
 それでも、屋敷の構えは立派なものだった。
 シンダニアの蔓がびっしりと絡んだ、赤レンガの垣根がめぐらされた敷地は、ちょっとした高台にあり、門の手前から街道に続く小道は、坂道と階段でできている。
 真鍮格子の門扉をくぐると、いくつもの薬草が植え付けられた広めの菜園と、それにくらべてひどく狭い芝生の庭、それに二階建ての、とんがり屋根の母屋と、工房のある離れが並んでいた。
 この屋敷に住んでいるのは、当主であるライアン導師のほかには、マキという彼の孫娘一人だけだった。
 彼女の父親は、導師ライアンの一人息子である。
 母親は、森の妖精族、すなわちエルフだった。
 この二人はスキピオの知り合いで、父アトレイが属する傭兵団に、頻繁に物資を供給しに来る交易商人だった。娘を導師に預けたまま世界を転々とする二人には、娘と同年代のスキピオの成長が気になるらしく、言葉もまともに話せない頃から、よくかまってもらっていた。
 今回、ライアン家にスキピオが預けられることになったのも、そういう経緯があったからだ。
 ライアン導師は、おそらく複雑な感情をもって――偉大なる魔道の導きを拒絶して、交易商人などという俗悪な身分に堕落した息子への憎悪や、その息子にたぶらかされて、精霊界につらなる高貴な血脈を放棄し、物質界に逃避したエルフ娘への憐憫などが重なり合った、その均衡点において生ずるような感情を持って――このハーフ・エルフの孫娘を猫かわいがりしていた。
 当の孫娘、マキ・ライアンの方は、その祖父の異例な寛大さをいいことに、その目の届かぬところで(あるいは届くところでさえも)、奔放極まりない振る舞いをしていた。
 彼女の身なりや行動は、少年っぽい少女というより、間違って女の子に生まれてきた少年という方が似合っている。あるいは、女性の女性性もしくは母性なる古来の幻想に対する、実在する反証がマキだった、という言い方もできる。
 スキピオは、父親の縁をたよってライアン家に預けられたその日、マキと出会った。
 そのとき彼女は、工房の庭の入り口あたりに植えられた、一本のトネリコの樹上から、
「おい」
 と声をかけてきた。
 スキピオは父親と同時に、声の主を探して樹上を見上げた。先に見つけたのはスキピオのほうだった。
 灰色の革のズボンと、袖の無い厚手のチョッキを素肌の上から着ていて、夏の日差しで焼けた肌とあいまって、南方の「砂漠の民」の子どもようにも見えた。
 左腕のひじに、この木に登ったときについたと思われる擦り傷があって、短く切った髪の毛には、払いのけたつもりの蜘蛛の巣が???膵?g??m????????U、すこし残っている。
 裸足のまま、しっかりと張った枝の股に両足を踏ん張り、いかめしい表情を作ってこちらを睨んでいた。
「誰や、おまえ。名を名乗れ」
 彼女がロマールなまりで声をかけた相手は、スキピオではなくて、となりで彼の手を引く父のほうだった。右手に持った奇妙な形の小枝の先が、スキピオの父の胸のあたりを指した。
 父は微笑して言った。
「アトレイ・カミハッドという名に覚えは無いか、門番どの?」
 そう言われて、彼女は少し考えてから、はっとした表情で叫んだ。
「砂漠の狐!」
 スキピオの父の名は、その異名とともに、その時代、その地域では知られていた。ちょっとした有名人だったのだ。
 レイド戦役と呼ばれる、大陸中西部に展開された一連の戦争の序盤戦で、傭兵隊長アトレイ・カミハッドは、砂漠戦でレイド騎士団の猛将アガクを討ち取った。「砂漠の狐」とは、その時の狡猾な用兵を評してつけられたあだ名だった。
 マキは、おそらく父親からその名を聞いて知っていたのだろう。日焼けした顔を紅潮させ、興奮したようすで、リスのようにすばやくトネリコから滑り降りてきた。
「本物か?」
 マキは二人の前に立ちはだかると、また小枝を振って剣のように正眼に構え、切っ先をアトレイに向けて問いただした。
「今日は導師に用事があってきたんだ」父は言った。「この子を、しばらくこっちで預かって欲しくてね。――呼んできてくれんか?」
 マキは、そこではじめてスキピオの存在に気づいたかのように、その視線を英雄の傍らの、さえない風貌の少年に向け、じろじろと値踏みするように眺めた。
「へえ、狐の子どもかいな」
「スキピオだよ」
 スキピオは自分が人間であることを主張しようと、やや尖り気味の口調で名乗った。マキはちょっとビックリしたような表情で、あらためて少年の目をみた。
「スキピオ……」
 そう呟いてみてから、マキはすこし首をかしげて言った。
「ヘンな名前や」

 父が戦場へと去り、自称「導師」の偏屈な性格になれた頃には、スキピオとマキとは、意外なほどに気の合う友達として、お互いを認めるようになっていた。
 マキはスキピオよりひとつ年上だった。それを知ると彼女は、ここぞとばかりに兄貴風を吹かせ、スキピオを先導し、ロマールや近郊の村々に遊びに出かけていった。
 スキピオが驚いたのは、どこにいってもマキが、同年代の少年たちの元締め、ありていに言って「ガキ大将」として認められていることだった。
 ハーフエルフの子どもは忌避され、いじめられ、虐げられてひねくれるのが普通だったが、マキにはそういう悪しき通弊から逸脱するなにかがあるらしい。多少いこじな部分はあったが、基本的にはうちとけやすい性格で、面倒見もよかった。
「姐さん」
 彼女の配下の少年たちはマキをそう呼んだ。そして、彼女の後ろをとことこついてくる少年に目をとめると、怪訝そうな顔つきで言うのだった。
「こいつ、誰なんや?」
「あたしの弟分の、スキピオや。あの砂漠の狐の息子やて」
 そこで歓声があがる。父の勇名は、こういった集団に受け入れてもらうのに、多少なりと役に立った。
 あらくれた傭兵団の中ですごして来たスキピオは、腕っ節には多少の自身があったが、マキの子分たちには、彼と同格かそれ以上の実力の持ち主が何人かいた。
 そして、そういう連中を束ねているマキという少年(この頃スキピオは、何度説明されても、マキが少女であることを頑迷に認めようとしなかった)に、やがて、ある種の尊敬と憧れをすら抱くようにすらなった。
 マキのほうでも、スキピオの素直な態度には好感をもった。彼女は一人っ子だったから、弟ができたようで嬉しかったし、家に帰っても、無条件に威張り散らせる相手が身近にいるのは悪くない。付き合いもよく、子分たちの受けも良かった。
 親友、というにはすこしいびつな関係だったが、姉弟というか兄弟というか。いつしかマキの他の子分たちより少し近い距離に、スキピオは立つようになっていた。

 スキピオの、マキに対する印象がすこし変わったのは、この家にきて一年が過ぎようとする頃に起こった、ある事件がきっかけだった。
 大ライアン導師はこの頃、マキをいずれ「賢者の学院」に入学させようとして、魔術師としての基礎知識を少しづつ教えていた。しかし、彼女はそれに対して、いつもひどく冷淡だった。
 その日も、森の中に眠る遺跡の調査を手伝って欲しい、という導師の要請を、マキは無下に断り、
「今日はスキピオとロマールにいくねん」???膵?g??m????????U
 と言って、寝ぼけまなこのスキピオを無理やりベッドから引っ張り出し、工房を飛び出したのだった。
 だしにされた形のスキピオとしては、自分のせいで、世話になっている老人の楽しみを奪ってしまったようで、申し訳ない気持ちになった。マキはそんなことにはお構いなしで、憂さ晴らしのように、人形芝居やら雑貨屋やら、あちこちスキピオをつれまわして、遊びたおしている。
 さんざん逡巡した挙句、スキピオはついに口を開いた。
「なあ……お爺さん、かわいそうじゃないかな」
 往来でふと呟いたスキピオを、彼女は振り返り、むっと表情をしかめた。
 たぶん、スキピオに口ごたえされたのは久しぶりだったからだろう。彼女の眼差しが、文句あるのか、と無言のうちに威圧していた。
 しかしスキピオは、引かずに畳み掛けた。
「魔術師になるの、そんなにイヤなのか?」
「イヤや」
 少女の回答は至極簡潔なものだった。しばらく沈黙がその場を支配する。
 ロマールの街道は、行き交うノイズの一部が消えたぐらいで静かになるわけでもない。しかしスキピオには、彼女の沈黙しているその時間、世界から、全ての音声が消えたように感じられた。
 スキピオは雑踏の中で立ち止まり、半ばきょとんとして、少女の目を見つめ返した。
 用水路に掛かる、小さな橋の上。彼女も歩みを止めて、不機嫌さを隠そうともせず、決闘直前の騎士のように、スキピオに対峙した。
 幾人もの人々が、二人の傍を通り抜けていった後、スキピオがまた尋ねた。
「……理由は、聞いていい?」
「あたし、戦士になんねんもん」
 今度も、マキは即答した。
「戦士……兵隊ってこと?」
「ちゃうわ」マキはぷいとスキピオから視線をそらし、空を仰ぐように遠くを見た。
「騎士になるねん。オーファンちゅう国があるやろ? まだ出来たばっかりやから、騎士が足りひん思うねん。そこで、剣の腕を磨いて、剣豪ジルフィードみたいに、騎士に取り立ててもらうんや」
「ジルフィードはアノスの騎士だよ」
「どこでもええねん、そんなん!」
 取り付くしまもない。
「せっかく魔術師のお爺さんがいるんだから、魔術師になればいいのにさ」
 スキピオの正直な意見だった。自分なら、人知を超えた魔道の領域に達する機会があれば、それに触れてみたいと思うし、大ライアンのような師匠が身近にいれば、なんとも幸運なめぐり合わせだと思うのだ。
 だが、このひとつ年上の少女の実感は違うようだった。
「せやから、イヤやねん」
 と、マキは拳を振りかざして力説した。
「人に隠れてこそこそと、怪しい実験しては失敗して。論文書いて学院に送っては、他の導師の悪口ばっかりぼやいて。生まれたときから身近にそんな人がおったら、そういう根暗な生活、したいと思われへんわ」
「そういう人ばっかりじゃないと思うけど」
 というよりも、それはライアン導師という一種の奇人限定のイメージに思えた。マキは納得しない弟分を、諭すように言った。
「考えてみい。魔術師やで、マジュツシ。騎士やら貴族やら傭兵やらにくらべたら、どっちかいうたら、そっちやろ?」
「そうかもしれないけど……でも父さんは、魔術師を尊敬してたけどな」
 そこでスキピオは、ふと思い当たった。
「――マキの母さんだって、魔法使いじゃないか」
 エルフには魔術に長けているものも多い。マキの母もその一人で、スキピオや父アトレイは、何度か彼女の魔法によって窮地を救われている。
 それを思い出して、スキピオは何気なく言った。
「ああいう魔術師になればいいんだよ」
 すると突然、マキは表情を変えた。本気の怒りをあらわにした、憤怒の形相。そして予告なしに、きつい平手打ちをスキピオの頬に喰らわせた。
 不意をつかれ、スキピオはその場でよろめき、ひざをついた。
「あほ!」
 倒れこむスキピオに、マキは鋭く一言、そう投げつけると、彼を橋の上に置き去りにして走り出し、雑踏の中に消えていってしまった。とり残されたスキピオはあっけにとられて、低く呟くしかなかった。
「……何だってんだ、いったい」

 そのあと、スキピオは一人でライアンの工房に帰ってきた。
 老導師はそれをみとがめて、マキの行方をスキピオに問いただした。まだ帰ってきていないのだという。
 ロマールでの出来事を大まかに報告すると、老師はため息をついて、沈痛な面持ちで、恨むように少年を見据えた。スキピオは恐縮したが、魔術師の表情はすぐにまた、穏やかなものに???膵?g??m????????U戻った。
「すこし待っていなさい」
 ライアンは工房の奥に引っ込むと、三分ほどしてまた戻ってきた。
 手には角灯と、すこし堅くなった丸パン、それに小さな水嚢を持っている。水嚢は、手で触れるとあたたかかった。
「すまんが、これを持ってマキを迎えに行ってくれ。森のはずれにある、古代遺跡のすみっこにいるはずだ」
 老導師にそう頼まれては、スキピオは「はい」というしかなかった。

 民家もまばらな、暗い森のはずれを、スキピオは一人で歩いた。
 こういう経験は初めてではない。とある領主のもとに身を寄せていた頃、ふとしたきっかけで父と口論になり、「出てゆけ!」と父がつい口にしたのを真に受けて、「出て行くよ!」と兵営を抜け出したのだ。
(あの時はひどかったな)
 そのときスキピオは、明かりも何も持たず、静かな夜の道を散歩するはめになった。月も出ていなかった。村はずれにあったマーファ神の祠の陰に座り、遠くに輝く星たちを、じっと一人で眺めていた。
 そうすると、いろいろなことが頭の中を巡っていった。旅のこと、父のこと、傭兵たちのこと。最後に思い出したのは、会えないまま死んでしまった母のこと。
 やがて寒さと空腹に負けて結局兵舎に戻ってみると、大騒ぎになっていて驚いた。父の傭兵仲間たちが、いましも捜索隊を組織しようかという瀬戸際だったのだ。
 もちろん、父にはこっぴどくしかられた。だが、それ以降、どんなことがあっても「出て行け」とは言われなくなった。
(こんどは、こっちが探しにいく番か)
 そう考えると、スキピオはおかしくてたまらなくなった。
 自分より年上で、いつもえらそうで、強気なマキが、もっと小さかった頃の自分と同じように、一人で夜に抱かれている。
 そして、すこし反省した。マキがどうして、あそこで駆け出したのか。やっとスキピオは思い当たったのだ。
(マキはずっと、母さんに会ってなかったんだ――)
 老導師の言葉どおり、遺跡の端のちいさな東屋に、彼女はうずくまっていた。眠っているようだった。
 角灯をかざすと、彼女の姿が闇の中に照らし出される。毛布もなにもかけずに寝ているので、全身が小刻みに震え、表情も青白かった。ただ目の周りだけ、赤くはれているのが見える。
「マキ」
 スキピオはとりあえず、普通に声をかけてみた。少女はそれで目を覚ました。まだ眠そうだったが、身を起こし、「スキピオ」と少年の名を口にした。
「マキ、ごめん」
 スキピオが謝ると、マキは不思議そうに彼を見た。
「何が?」
 彼女は本気でわからないといった様子で、そう尋ねた。スキピオはしかし、それ以上何も言わず、老導師に持たされたパンとミルクを差し出した。ミルクはまだ温かさを保っていた。この水嚢には保温の魔法がかけられているのかもしれない。
 マキは手渡された食事を素直に受け取って、パンを小さくちぎった。
「……なんで、ここがわかったん?」
「お爺さんが」
「はあ、お見通しやな」
 パンをひとかけら口に放り込み、魔法の水嚢をあけて温かいミルクをふくむと、少女の表情に血の気が戻った。
「さ、帰ろう」
 スキピオが促すと、少女は首を横に振った。
「もうちょっと、ここに居ててええかな」
「寒くない?」
「寒い」少女は正直に言った。
「毛布とか、ないのん?」
「……ポンチョならあるけど」
「入れさせて」
 スキピオが返事するまもなく、マキは彼の腕をつかんで引っ張り寄せ、少年一人にはすこし大き目のポンチョのなかに、自分の身を押し入れた。
「あー、あったかい」
「ま、マキ……」
(女の子の匂いがする――)
 もちろん、汗や埃や土の匂いも鼻をついたが。スキピオは、自分と同性だと信じていた親友を、このとき初めて「女の子なのかもしれない」と疑った。
「ぬくいなあ、スキピオは」
 マキは背中からスキピオを抱くように身を寄せた。コタツの代わりにされているらしい。スキピオはどうしていいやらわからず、硬直して押し黙った。鼓動が早くなる。
「なあ」と、マキは不意に尋ねた。
「あたしのお母ちゃん、どんな人やった?」
「え? うーん、そうだなあ」
 スキピオはどぎまぎしながら、言葉を選んだ。
「美人で、親切で、頭のいいひと、かなあ」
 出来る限り正確に、記憶の中のアレスチュア・ライアンの印象を思い出しながらそう言うと、マキはひどく不満げな口調で、
「けなすとこはないんかいな。正直に言いや」  と言った。
「けなして欲しいの?」
 苦笑しながらスキピオが問い返すと、マキは首を横に振った。初めて会った頃と比べて、すこしだけ伸びた髪の先が、スキピオの頬をかるくなでる。
「あたしも、お母ちゃんみたいになれるて思う?」
「さあ、無理なんじゃないか」
「……そういうとこは、正直に言わんでもええねん!」
 マキは苦笑して、怒ったふりをしながらスキピオのわき腹をつついた。
 笑い声とも悲鳴ともつかない奇妙な声をあげてスキピオはもだえ、遺跡の床に仰向けに倒れこんだ。マキはその下に押しつぶされる格好になり、「ふぎゃ」と一声あげてから、そのままスキピオのとなりに這い出し、空を見上げた。
 ふたりの上には、満天の星がきらめいていた。
「魔術師、嫌いやないねんで、ほんまは」
 マキが呟いた。スキピオは頷いた。
「知ってるよ」
「まじめに、学院目指そかなあ。そんで、あのマナ・ライの跡ついで、世界中の魔術師の頂点に立つんや。で、うちのお爺ちゃんアゴで使うたんねん」
「それで、いいんじゃない?」
「ええかげんやなあ、スキピオは。――あんたはどやねんな」
「俺は、傭兵をやるよ、きっと」
「砂漠の狐・二世やな」
「父さんなんか問題にならないぐらい、有名になるさ」
「道は遠いで、お互い」
「それでも、あの星よりは近いさ」
 マキは頭をもたげ、傍らの少年に視線を注いだ。一つ下の頼りない弟分だったスキピオの横顔が、今夜はなぜか、とても頼もしく見えた。
「あたしも」マキは囁くように言った。
「あたしもな、いま同じこと、考えた」
 星が一つ、流れた。

 翌日には、マキのスキピオに対する態度は、いつもの横柄で気丈なものに戻っていたが、スキピオはもはや、それを額面どおりには受け取らなかった。
 言葉の裏にある、彼女の寂しさ、彼女の夢、彼女の葛藤。昨日の夜、あの時、それを全部自分に預けてくれた。たぶんお互いにとって、嬉しい進展だったといえよう。
 マキのほうは、しかし多少後悔しているようだった。弱みを見せてしまった、というのがいらだたしいのかもしれない。スキピオの素直な態度はまったく変わっていないのに、そこに引け目を感じてしまう。そして何より腹立たしいのは、それによってスキピオに嫌われることを、自分が嫌がっているように思えてならないことだった。
 しかしそこから先の思いは、あの夜のうちに封印することにした。
 それから、もう少し髪を伸ばしてみようか、とも思った。

 なんとなく、ぎこちないまま、中途半端に安定してしまった二人の関係は、スキピオの父が戦場から帰ってくるまで、二年半ほど続いた。
 たくさん喧嘩もしたし、もっと深刻な悩みを打ち明けあったりもした。
 そんなときにはきまって、二人で星空を見上げた。


(終わり)