ソード・ワールド 二次創作サイト 知られざる物語 時隆史 洸岡紗希 SWORD WORLD PBMについて 企画ページ
  TOP >  時隆史 > ソード・ワールドオリジナル小説「ロックンロール・エチケット」
    ソード・ワールドオリジナル小説
      「ロックンロール・エチケット」
 
 
 

 オラン盗賊ギルドの小頭「万能鍵のナッツ」が、ドワーフ職人の集まる栴檀通りを訪れたのは、夜が明けて間もない薄明の中だった。
 ドワーフの石工がつくった幾何学模様の石畳を、その模様に添ってぴょんぴょんと走りぬけ、辻をくるりとまわって、彼女は一つの小さな工房の前に立った。
 鍵穴をかたどった、味も素っ気もない銅の看板を確認すると、ドアをノックした。
「グラスランナーが、何の用事だ?」
 ドアの向こうから、目をこすりながら、一人のドワーフがのっそりと現れ、ナッツの姿を見るなりそう言った。
 ドワーフもグラスランナーも、人間から見れば「小人」でひとくくりだが、種族的な性格や身体の特徴には、かなり違いがある。
 ドワーフは一般的に言って職人気質でまじめであり、グラスランナーはいいかげんで軽薄な、生まれついての盗賊なのだ。
「あんたが、ダンゾー・ハガクレって人? ていうか、ドワーフ?」
 ナッツは前置きもなしに、無遠慮にそう尋ねた。一見して少女のように見える、グラスランナーの成人女性を一瞥し、ドワーフの職人はむっとした表情で答えた。
「……だとしたら、どうだってんだ」
「あは、やっぱりね。そうだと思った。顔見た瞬間ぴんと来たもん。そっくりなんだもんなぁ、やっぱ兄弟だね」
 ダンゾーのほうは、話が見えない。
「……誰と誰が、兄弟だって?」
「やだなあ、言ったじゃないか。サスケくんとあんたさ。あれ?言ってなかった?」
 サスケ、という名を聞いて、ダンゾーの顔はさらに険しくなった。
 サスケ・ハガクレはたしかに、ダンゾーの兄だった。
 だが彼は、錠前職人の道を捨てて、鍵を開ける方の仕事――盗賊に堕してしまった愚兄である。ドワーフの風上にも置けないダーク・ドワーフのサスケは、故郷の一族郎党からも勘当状態であった。聞いたところでは、いまは何とかいう冒険者の仲間になっている、ということだったが、冒険者だって盗賊とそう変らないやくざ者だ。すくなくともダンゾーはそう思っていた。
「兄者の知り合いか。ろくでもない日だ、今日は」
「サスケくんの紹介できたんだ。オランで最高の錠前職人、ダンゾーさんのとこで相談しろって言われて」
「……帰ってくれ。盗賊となんか、係わり合いになるのはごめんだ」
 グラスランナーはもれなく盗賊だ。ドワーフの錠前職人とは天敵と言ってもいい間柄であるはずだった。それを、臆面もなく尋ねてくるところにも腹が立ったし、そのうえ兄の知り合いなんて、もってのほかだ。
 ダンゾーは、それ以上言うことはない、という調子で、ばたんとドアを閉めた。
「つれないなあ。愛想が悪いって言われない?あんた」
 ナッツはダンゾーの背後からそう言った。
「……いつ入ってきたんだ!」
 ダンゾーは内心驚きつつも、それを表情には出さず、振り返って怒鳴りつけた。
「さっき」
 ナッツは、どこ吹く風、と彼の怒りを受け流した。
「で、その相談ていうのがね」
「だれも話を聴くとは言ってない」
「だいじょうぶ。相談するだけだから」
 ナッツはダンゾーの言葉を意にも介さず続けた。
「……ええと、どこまで話したっけ?」
「知らん!」
「あー、そうだ。アレのこと知ってる?『ロックのコモン・ルーン』」
 ダンゾーはそれを聞くと、ぴくりと眉間にしわを寄せた。
「――つくづくお前は、俺を不愉快にさせたいらしいな」
「ロックのコモンルーン」のことは、ダンゾーも知っていた。
 パダの魔術師ギルドに属する付与魔術研究家が作り出した「ロック」、つまり施錠の呪文効果を秘めたコモン・ルーン(共通語魔法発動アイテム)で、簡単なコマンドワードだけで鍵をかけることができ、さらに同じコマンドワードで、施錠された扉を開けることができる指輪だった。
 コマンドワードは登録制で、一つ一つのコモン・ルーンに固有のものである。つまり、鍵を閉めたコモン・ルーンでないと、その鍵を開けられないようになっている。コモン・ルーンを買い上げてからコマンドワードを登録することになっているので、持ち主本人以外にそれを知るすべはない。
 古代語魔法の研究者たちによって最近開発されたもので、古代王国崩壊以後の魔法研究の成果としては出色のものと言える。それゆえ、かなり値の張るものだったが、目新しさとセキュリティ性能のよさで、商人や資産家、貴族を中心に、金庫や倉の施錠用として普及していった。
 その一方で、ダンゾーのような昔からの機械仕掛けの錠前職人は、仕事が減ってきている、という事情がある。
「まさか、アレで割を食ってる者同士、手を組もうというんじゃあるまいな」
 ダンゾーは土間の隅にゆっくりと移動し、暖炉の藁灰を灰まみれのひしゃくで一杯すくって、傍にあった麻布の灰袋に継ぎ足した。それから新しい薪と藁束をくべ、火打石を手にとって、かちかちと点火した。
「何度でも言うが、盗賊なんぞに手を貸すのは御免だ。俺は兄者とは違うんだ」
「ちがうよ。――アレをつけた金庫や倉が、最近たて続けに狙われて、被害が出てるんだ」
「なんだと?」
 種火を吹く手を止めて、ダンゾーは振り返った。
「魔法の鍵だぞ? どうやって……」
「魔法で開けたに決まってんじゃん」
 あっけらかんと、ナッツは言い放った。そして林檎を一口かじる。
「きさま、その林檎……」
「そこに落ちてた」
「置いてあったんだ!――くそう、朝飯のデザートだったのに。どうせその金庫破りも、お前らの仲間なんだろう?」
「それが、そうじゃないからお頭も困ってんの。『裏には裏のスジがある』ってさ。よくわかんないけど」
 なるほど。ダンゾーはおおよその事情を察した。
「つまり、魔法の金庫破りは、盗賊ギルドの許可なく窃盗を働いている、というわけだな。おまえさんたちの言葉でいう、シマ荒らし、という奴だ」
「へえ、すごい。よくわかったねえ、頭いい!」
「お前よりは、はるかにな。――で、どのあたりで兄者と俺につながってくるんだ?」
「それなんだけどね――サスケくんから、手紙を預かってるんだ」
 ナッツはウエストポーチから、金属製の小さな筒を取り出して、ダンゾーに渡した。ドワーフ同士が使う、伝令用の書筒である。
 ダンゾーはいまいましげに、筒の中身を引っ張り出した。
「なんだ、こりゃ?」
 中には、十枚ほどの羊皮紙の束が入っていた。文字は一つも書かれておらず、びっしりと、何かの――おそらく錠前の――設計図面が描き込まれているだけだ。
 だが、さっと目を通したダンゾーは、思わずつばを飲んだ。
「……これを、造れと?」
「ううん。何にも言わずに、これを渡しておけ、って」
「うむう」
 ダンゾーは眉間にしわを寄せたまま、設計図を食い入るように読んだ。
「無理だ。こんな複雑な機構、いくら俺でも……」
「えー! 困るよ」
 ナッツはぜんぜん困っていないような口調で言った。
「ダンゾーに言って無理なら、栴檀通りのどこを探しても無駄だから、この作戦は中止だって、サスケくん言ってたもん」
「作戦?」
「うん。その魔法の錠前破りを懲らしめるんだってさ。なんかめんどくさそうだけど、サスケくんは『やるしかねえ』って言ってた」
「お前にか?」
「ううん、冒険者仲間の人たちに」
「盗み聞きか」
「聴こえただけだよ」
 ダンゾーは、あらためて設計図に目を落とし、入念に細部を確認すると、ふう、とため息をついた。
「なるほど――大体の意図はわかった。とりあえず、やってみようという気にはなった」
「無理じゃなかったの?」
「やってみるだけだ。できるかどうか、一切保障はできん。それと」
 ダンゾーは小箪笥の引き出しから羊皮紙を一枚取り出した。契約書である。
「この仕事の代金は、盗賊ギルドにきっちり払ってもらうからな。成功しようと、失敗しようと」

 連続窃盗犯が逮捕されたと言うニュースをダンゾーが聞いた同じ日に、ナッツが報酬を持って工房に現れた。
「ありがとう。おかげで犯人、つかまったよ」
「盗賊ギルドと、魔術師ギルド、それに衛視隊の共同捜査だったそうだな」
 普段なら、めったに手を組むことのない三者だ。
「あ、よく知ってるね。――犯人はね、学院を破門された魔法使いと、盗賊くずれの悪徳商人のコンビだったんだって」
「聞いてるよ。例のアレを売り出した奴らが、グルだったってんだろう」
「そうそう。――連中、『ロックのコモンルーン』を造ってる途中で、『アンロックのコモンルーン』が偶然できちゃって、それで一儲けしようってたくらんだんだって」
「ロック」の呪文と正反対の、「アンロック」の呪文効果を持つコモンルーン。
 魔術師ギルド「賢者の学院」は、犯罪に利用される危険性からその開発を堅く禁じていたが、禁を破るものはかならず出てくるものなのだ。
 これは周到に用意された犯罪だった。『ロックのコモンルーン』の性能を十分にアピールしたうえでそれを普及させ、安心しきって油断したところを、隠し持っていた『アンロックのコモンルーン』で盗み出す、という手口だ。
「なんとまあ。だから、魔法使いやら盗賊ってやつは――」
「ずるいよねー。自分たちだけに開けられる鍵をみんなに配るなんて」
「いや、そうではなくて……まあいい。ともかく、首尾は上々だったようだな」
 ダンゾーの聞いたところでは、窃盗犯はダンゾーが作ったあの錠前の前で気を失って伸びていたという。盗賊ギルドが、頭目と知己のある資産家に協力してもらって、邸宅の金庫にダンゾーの錠前を設置してもらい、「古代王国の遺跡から見つかった、元祖・魔法の錠前」という触れ込みで、犯人たちを挑発したのだ。
 二、三日後、犯人たちは挑発にみごとに乗ってきた。
「しかし、見れば見るほど、ややこしい鍵だねえ」
 ダンゾーの錠前を手にとって、ナッツは感心したように言った。試作品として、もうひとつ造ってあったものだ。工房の隅においておいたものを、いつのまにか「拾って」いたらしい。
 その錠前には、鍵穴が二つついていた。
 一見して、ごくありきたりの二重鍵のように見える。だが、ナッツがさきほどから試しているように、片方づつあけようとすると、一方の鍵のシリンダが動き始めた時点で、もう一方の鍵穴が閉じてしまう。両方の鍵穴に、同時に鍵を差し込まなければいけないのだ。
「どうやって開けるのさ」
「決まってる。鍵をさすんだよ。――こいつだ」
 ダンゾーはナッツの手から錠前を取りあげると、懐からこの錠前専用の鍵を出した。
 先端が二股に分かれ、それぞれの先端に鍵の歯がついている。まっすぐそれを錠前に差し込むと、両方のシリンダが同時にはずれ、ばね仕掛けでシリンダの莢の方が回転した。そこでまた、がちゃりと機械音が鳴る。
「これで開くわけ?」
「いいや、まだだ」
 ダンゾーはさらに、鍵全体をぐるりとひねった。すると、錠前がすえつけられていたドアのプレートごと、錠前が旋回し、かちり、とちいさな音がした。
「これでようやく、鍵が開く。どうだ?」
 ダンゾーはもう一度、錠前を元の状態に戻して、鍵を抜き、ナッツに手渡した。彼女は指先で、プレートの縁をこすりながら言った。
「うーん、開けづらい。だめだよ、こんなの」
「それでいいんだ、それで!」
 ナッツはそれでもなお、七つ道具で錠前をもてあそびながら、ダンゾーに尋ねた。
「でも、なんでこんな仕掛けで、犯人がのびてたわけ?」
「フン」
 鼻で笑うと、ダンゾーの長いひげが揺れた。
「コモン・ルーンを発動させるには、精神を集中しなくちゃならん。多分犯人は、この鍵を、鍵穴だけみて、二重鍵だと思ったんだろう。『アンロック』の効果は一つの鍵を対象とする。二重鍵の場合、二つある鍵穴一つ一つに呪文をかけなくちゃならない」
「そうだね。でも、二回かけるぐらいはできるんじゃない?」
「二回かけても、この鍵の場合はだめなのだよ」
 ダンゾーは得意げに言った。
「なにせ、鍵穴はふたつだが、これはこれで『一つの鍵』なのだから。穴の片方づつにいくら『アンロック』をかけたところで、一生開かない。犯人は、それを単に呪文の失敗だと考えて、何度も繰り返しコモン・ルーンを発動させているうちに、気を失ってしまったんだ」
「へえ。うまいこと考えたねえ」
 ダンゾーは舌打ちした。
「こういう底意地の悪い罠を思いつくのは、サスケの得意技だ。――まあ、今回はそのおかげで犯罪を摘発できたし、俺の工房の評判もあがったから、文句は言わないが」
「サスケくんが聞いたら喜ぶよ、きっと」
 ナッツが笑ってそう言うと、ダンゾーは憮然として肩をすくめた。
「やめてくれ。冗談じゃない」
 そして、ぷいと横を向いた。
 そのときナッツの手元で、ぴん、と軽い音がして、錠前が回った。


(終わり)